第一話 レモンティの香る夜…
父がレモンティが好きだった…。
わたしは物心ついた頃から、室内にはレモンティの香りが黄色く輝いていた。
レモンティが幸福色に彩る室内に、ハイドンの弦楽四重奏曲「ひばり」が舞う…。若き父は何度もニスを縫った机に向かい、レモンティを啜っている…。
人生ごく初期の記憶は辺りにも深遠でそして美しい…。私たち家族は、当時の父の職場山大前にあった鉄筋コンクリートのアパート、板井アパートにいた。深々と雪が降る外とはうって変わって、西洋の石造りの建物を彷彿させるこの堅牢な建築物の室内は、その中心に燃えるアラジンブルーフレームが幸福色に暖を輝かせていた…。
窓から外を見ればそこには星空の海が広がっている…あたかも魂の故郷への道しるべであるかのように…。